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東京地方裁判所 平成9年(特わ)4233号 判決 1999年4月21日

主文

被告人を懲役九月に処する。

未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

被告人から金六億九三六三万一〇四一円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  東京都千代田区内幸町一丁目一番五号に本店を置く株式会社第一勧業銀行の一単位の株式の数(一〇〇〇株。以下同じ)以上の数の株主であるが、株式会社小甚ビルディング(以下「小甚ビル」という。)の代表取締役であるAと共謀の上、既に被告人が同銀行からA名義及び小甚ビル名義で融資を受けていた多額の借入金の返済が滞り、担保として差し入れていた物件の評価額も融資残高を著しく下回るなどしていて、右借入金債務を返済することができない状態に陥っていたため、被告人においてはもはや同銀行から追加融資を受け得ない状況にあったにもかかわらず、平成四年七月ころ、同銀行に対し、あえて被告人への有価証券取引資金の融資方を依頼し、右依頼により、同銀行の総務部副部長の地位にあったB(平成五年七月一六日から平成七年六月二八日まで)やC(同月二九日から平成九年六月五日まで)らが、被告人の株主の権利の行使に関し、平成七年六月二九日(第三三期)、平成八年六月二七日(第三四期)及び平成九年六月二七日(第三五期)にそれぞれ開催される同銀行の各定時株主総会で、被告人において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、同銀行の計算において供与するものであることを知りながら、別表1記載のとおり、平成六年七月七日から平成八年九月六日までの間、前後五二回にわたり、同銀行から、大和信用株式会社(本店の所在地は東京都中央区日本橋茅場町二丁目六番一〇号。ただし、平成六年八月以前は東京都千代田区神田一丁目一八番一三号)を介して、同銀行本店に開設された被告人の口座である小甚ビル名義の普通預金口座への振込送金により、合計一一七億八二〇〇万円の融資を受けて、金融による財産上の利益の供与を受けた。

第二  東京都中央区日本橋一丁目九番一号に本店を置き、有価証券の売買、有価証券市場における有価証券の売買の取引の取次ぎ等を目的とする証券会社である野村證券株式会社の一単位の株式の数以上の数の株主であるとともに、同証券会社本店において、小甚ビル名義の取引口座を開設して有価証券の売買取引等を行っていた同証券会社の顧客であるが、Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成六年一二月中旬ころから平成七年四月中旬ころまでの間、数回にわたり、被告人において、当時の同証券会社取締役(総務担当)Dらに対し、右有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券について生じた損失の一部を補てんするため、財産上の利益を提供するよう要求し、右要求により、被告人の株主の権利の行使に関し、平成七年六月二九日に開催される同証券会社の第九一回定時株主総会で、被告人において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、Dらが同証券会社の計算において供与するものであることを知りながら、

一  別表2記載のとおり、同年一月三一日から同年六月一五日までの間、前後五回にわたり、Dらをして、横浜市港北区箕輪町二丁目七番一号所在のエヌ・アール・アイ・データサービス株式会社日吉サービスセンター内に設置された右証券会社のホストコンピューターを使用するなどの方法により、同表の「自己売買をした株式」欄記載の各株式の買い付けはいずれも同証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらを小甚ビル名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計四七四九万五三円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。

二  同年三月六日、五洋建設株式会社発行のユーロドル建てワラントの基準値となる日本相互證券株式会社が表示するいわゆる仲値が上昇していることを確認させた後、Dらをして、右野村證券株式会社のホストコンピューターを使用するなどの方法により、被告人が小甚ビル名義で同有価証券四〇〇ワラント(一ワラント債の額面は五〇〇〇ドル)を同証券会社から事前に買い付けた事実はないのに、あたかも単価一八ポイント(ポイントとは、ワラント価格を示す単位で、同価格の社債額面に対するパーセントで表示されるものである。なお、為替レートは一ドル当たり93.25円)で買い付けた上同証券会社に単価19.25ポイント(為替レートは一ドル当たり93.30円)で売り付けたかのように装うコンピューター操作を行わせ、これにより同有価証券の売買を小甚ビル名義の取引勘定に帰属させて、二二四万二七三九円相当の財産上の利益(有価証券取引税分を控除したもの)の提供及び供与を受けた。

三  同月二四日ころ、東京都中央区日本橋一丁目一一番一号所在の江戸橋ビル内の同証券会社総務部総務課応接室において、Dらから現金三億二〇〇〇万円を手渡されて、右財産上の利益の提供及び供与を受けた。

第三  東京都千代田区大手町二丁目六番四号に本店を置き、有価証券の売買、有価証券市場における有価証券の売買の取次ぎ等を目的とする証券会社である大和證券株式会社の一単位の株式の数以上の数の株主であるとともに、同証券会社本店において、小甚ビル名義及びE名義の各取引口座を開設して有価証券の売買取引等を行っていた同証券会社の顧客であるが、法定の除外事由がないのに、平成五年一二月中旬ころから平成六年一二月下旬ころまでの間、数回にわたり、当時の同証券会社総務部長Fや総務部部付部長Gらに対し、右有価証券の売買その他の取引につき、当該有価証券について生じた損失の一部を補てんするため、財産上の利益を提供するよう要求し、右要求により、被告人の株主の権利の行使に関し、平成七年六月二九日(第五八回)及び平成八年六月二七日(第五九回)にそれぞれ開催される同証券会社の各定時株主総会で、被告人において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、Gらが同証券会社の計算において供与するものであることを知りながら、同人らをして、同証券会社が顧客の注文約定等の事務処理を委託している東京都江東区永代一丁目一四番六号大和永代ビルディング所在の株式会社大和総研に設置されたホストコンピューターを使用するなどの方法により、

一  別表3―1記載のとおり、平成七年一月二四日から同年一二月一九日までの間、前後一二回にわたり、同表の「対象有価証券」欄記載の各株式の買い付け及び売り付けは、いずれも右証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらを小甚ビル名義又はE名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計三六六三万一六六九円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。

二  別表3―2記載のとおり、同年一月九日から同年一二月二一日までの間、前後五六回にわたり、同表の「対象有価証券」欄記載の各株式の買い付けは、いずれも同証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらを小甚ビル名義又はE名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計一億六六一六万三四八二円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。

第四  東京都千代田区丸の内三丁目三番一号に本店を置き、有価証券の売買、有価証券市場における有価証券の売買の取引の取次ぎ等を目的とする証券会社である日興證券株式会社の一単位の株式の数以上の数の株主であるとともに、同証券会社銀座支店において小甚ビル名義の取引口座を、同証券会社新丸ビル支店においてフェニックスにじゅういち株式会社名義の取引口座をそれぞれ開設して有価証券の売買取引等を行っていた同証券会社の顧客であるが、法定の除外事由がないのに、平成六年六月上旬ころから平成七年六月下旬ころまでの間、数回にわたり、当時の同証券会社嘱託社員Hらに対し、右有価証券の売買その他の取引につき、当該有価証券について生じた損失の一部を補てんするため、財産上の利益を提供するよう要求し、右要求により、被告人の株主の権利の行使に関し、平成七年六月二九日(第五四回)及び平成八年六月二七日(第五五回)にそれぞれ開催される同証券会社の各定時株主総会で、被告人において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、Hらが同証券会社の計算において供与するものであることを知りながら、同人らをして、横浜市鶴見区大東町一二番地一二所在の株式会社日興システムセンター内に設置された日興證券株式会社のホストコンピューターを使用するなどの方法により、別表4記載のとおり、平成七年一月三〇日から同年一二月二八日までの間、前後一一回にわたり、同表の「自己売買をした株式」欄記載の各株式の買い付けは、いずれも同証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらをフェニックスにじゅういち株式会社名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計一四〇九万六五六〇円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。

第五  東京都中央区新川一丁目二一番二号(平成八年一一月一七日以前は同区八重洲二丁目四番一号)に本店を置き、有価証券の売買、有価証券市場における有価証券の売買の取引の取次ぎ等を目的とする証券会社である山一證券株式会社の一単位の株式の数以上の数の株主であるとともに、同証券会社本店において、小甚ビル名義の取引口座を開設して有価証券の売買取引等を行っていた同証券会社の顧客であるが、Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成六年一二月上旬ころ、被告人において、当時の同証券会社嘱託社員Iらに対し、右有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券について生じた損失の全部を補てんするとともにこれらについて生じた利益に追加するため、財産上の利益を提供するよう要求し、右要求により、被告人の株主の権利の行使に関し、平成七年六月二九日に開催される同証券会社の第五五回定時株主総会で、証券会社において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、Iらが同証券会社の計算において供与するものであることを知りながら、同人らをして、同証券会社が顧客の注文約定等の事務処理を委託している千葉県船橋市浜町二丁目二番二号所在の山一情報システム株式会社船橋センター内に設置されたホストコンピューターを使用するなどの方法により、別表5記載のとおり、平成六年一二月一六日から平成七年一月三一日までの間、前後三二回にわたり、シンガポール共和国内のシンガポール国際金融取引所(サイメックス)で行った日経二二五先物取引の買い付け及び売り付けは、いずれも同証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらを小甚ビル名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計一億七〇〇万六五三八円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。

(証拠)<省略>

(事実認定の補足説明)

被告人は、第二の三の事実について、捜査段階では、これを認める供述をし、被告事件に対する陳述の際にも、これを認めると述べたものの、その後に行われた被告人質問では、受け取った現金三億二〇〇〇万円は、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)の総務担当取締役個人から借り受けたものであり、野村證券から、その計算において提供・供与を受けたものではないと思っていた旨供述している。

しかしながら、関係各証拠によれば、右現金三億二〇〇〇万円のうちの一億円は、当時野村證券の取締役(総務担当)であったDが、かねて野村證券に出入りしていた画商に依頼して一時的に提供を受けて調達した現金で、その余の二億二〇〇〇万円は、Dが、野村證券の系列金融会社である野村ファイナンス株式会社から融資を受けて調達した現金で、これらをDらが野村證券の総務部総務課応接室で被告人に手渡したものであったこと、右現金三億二〇〇〇万円は、被告人の要求により、野村證券が被告人のために行っていた有価証券の一任取引について生じた損失を補てんする趣旨で、被告人に手渡されたものであり、その際、被告人との間で、借用証書等は作成されておらず、利息、担保権設定等の約定や明確な返済期日の取決めもなく、いずれも、最終的には、野村證券において、右画商から購入する美術品の代金に上乗せするなどの方法で捻出するいわゆる裏金をその返済に充てることが予定されていたもので、実際にも、そのような方法で事後に返済されており、被告人がこれを返済することはなかったことが認められる。そうすると、このような事実に照らせば、右現金が、野村證券の計算において被告人に供与されたものであることは明らかである。そして、損失の補てんを要求した被告人としても、右現金が、野村證券が被告人のために行っていた有価証券の一任取引について生じた損失を補てんする趣旨で授受されたという経緯は当然承知していたのであるから、この現金が野村證券の計算において被告人に供与されるものであることも十分に認識していたと考えられる(なお、関係各証拠によれば、Dは、右現金を被告人に手渡す際に、野村證券総務部部付部長を通じて、被告人に対し、この金はDが個人的に被告人に用立てた金であるという趣旨のことを申し向けたことが認められる。しかしながら、D自身、捜査官に対し、このような多額の現金を被告人に渡さなければならない悔しさから、右のように申し向けたまでで、もとより本意ではなく、被告人が実際に返済してくれるとも思っていなかったと述べており、被告人も、捜査官に対し、右現金調達の経緯はおおよそ分かっていて、Dの発言をその言葉どおりに受け取ったわけではなく、自分としては、後日この金を返済しなければならないなどとは全く考えていなかったという趣旨の供述をしているのである。そして、野村證券の一取締役にすぎないDが、個人で三億二〇〇〇万円もの現金を調達できるはずはなく、また、同人が、被告人に対する損失補てんのための現金を個人的に調達しなければならない筋合いのものでもないことなどを併せ考えると、Dが被告人に対して右のように申し向けた事実があるからといって、右現金が野村證券の計算において被告人に供与されたものであり、被告人においてもそのことを認識していた旨の認定が左右されるものではない。)。

以上に検討したところに照らし、捜査段階における被告人の供述は信用できるのに対し、被告人の前記公判供述は、不自然かつ不合理であって到底信用できない。したがって、第二の三の事実は優に肯認することができるのであり、これに合理的な疑いを入れる余地はない。

(適用法令)

以下、平成七年法律第九一号による改正前の刑法を「改正前の刑法」と、同改正後の刑法を「改正後の刑法」といい、平成九年法律第一〇七条による改正前の商法を「改正前の商法」と、同改正後の商法を「改正後の商法」といい、平成九年法律第一一七号(同年一二月三〇日施行)による改正前の証券取引法を「平成九年改正前の証券取引法」と、同改正後で平成一〇年法律第一〇七号による改正前の証券取引法を「平成九年改正後の証券取引法」という。

一  罰条

1(一)  第一の別表1番号1ないし23の各所為

いずれも改正前の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正前の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては改正前の刑法六〇条、改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

(二)  第一の別表1番号24ないし52の各所為

いずれも改正後の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正後の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては改正後の刑法六〇条、改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正後の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

2  第二の一の別表2番号1、2、第二の二、三及び第五の別表5番号1ないし32の各所為のうち

(一) 各利益供与の点

いずれも改正前の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正前の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては改正前の刑法六〇条、改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

(二) 各損失補てん(利益追加も含む)の点

いずれも改正前の刑法六〇条、平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号

(いずれも、平成一〇年法律第一〇七号附則一八九条により従前の例によるべきところ、行為時においては改正前の刑法六〇条、平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号に、平成九年法律第一一七号による改正後においては改正前の刑法六〇条、平成九年改正後の証券取引法二〇〇条一三号、五〇条の三第二項三号に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

3  第二の一の別表2番号3ないし5の各所為のうち

(一) 各利益供与の点

いずれも改正後の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正後の刑法六〇条、改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては改正後の刑法六〇条、改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正後の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

(二) 各損失補てんの点

いずれも改正後の刑法六〇条、平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号

(いずれも平成一〇年法律第一〇七号附則一八九条により従前の例によるべきところ、行為時においては改正後の刑法六〇条、平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号に、平成九年法律第一一七号による改正後においては改正後の刑法六〇条、平成九年改正後の証券取引法二〇〇条一三号、五〇条の三第二項三号に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正後の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

4  第三の一の別表3―1番号1ないし4、第三の二の別表3―2番号1ないし9及び第四の別表4番号1ないし4の各所為のうち

(一) 各利益供与の点

いずれも改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

(二) 各損失補てんの点

いずれも平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号

(いずれも、平成一〇年法律第一〇七号附則一八九条により従前の例によるべきところ、行為時においては平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号に、平成九年法律第一一七号による改正後においては平成九年改正後の証券取引法二〇〇条一三号、五〇条の三第二項三号に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

5  第三の一の別表3―1番号5ないし12、第三の二の別表3―2番号10ないし56及び第四の別表4番号5ないし11の各所為のうち

(一) 各利益供与の点

いずれも改正前の商法四九七条二項、一項

(いずれも、行為時においては改正前の商法四九七条二項、一項に、裁判時においては、改正後の商法四九七条二項、一項に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正後の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

(二) 各損失補てんの点

いずれも平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号

(いずれも、平成一〇年法律一〇七号附則一八九条により従前の例によるべきところ、行為時においては平成九年改正前の証券取引法二〇〇条三号の三、五〇条の三第二項三号に、平成九年法律第一一七号による改正後においては平成九年改正後の証券取引法二〇〇条一三号、五〇条の三第二項三号に該当するが、犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、いずれも改正後の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

二  科刑上一罪の処理

第二の別表2番号1、2、第二の二、三、第三の一の別表3―1番号1ないし4、第三の二の別表3―2番号1ないし9、第四の別表4番号1ないし4及び第五の別表5番号1ないし32の各利益供与と損失補てん(利益追加を含む)について、いずれも改正前の刑法五四条一項前段、一〇条

第二の一の別表2番号3ないし5、第三の一の別表3―1番号5ないし12、第三の二の別表3―2番号10ないし56及び第四の別表4番号5ないし11の各利益供与と損失補てんについて、いずれも改正後の刑法五四条一項前段、一〇条

(いずれも一罪として犯情の重い商法違反の罪の刑で処断)

三 刑種の選択

いずれも懲役刑選択

四 併合罪の処理

平成七年法律第九一号附則二条二項により改正後の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条

(犯情の最も重い第二の三の罪の刑に加重)

五 未決勾留日数算入

平成七年法律第九一号附則二条三項により改正後の刑法二一条

六 追徴

平成九年改正前の証券取引法二〇〇条の二後段

(被告人が第二ないし第五の各犯行により受けた財産上の利益は同法二〇〇条の二前段により没収すべきであるが、没収することができない。)

(量刑事情)

一 本件は、いわゆる総会屋で、大手都市銀行の第一勧業銀行や大手証券会社四社の各一単位の株式の数以上の数の株式を保有する株主である被告人が、実弟と共謀の上、第一勧業銀行から、被告人の株主の権利の行使に関し、株主総会の議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、同銀行の計算において、多数回にわたり、合計一一七億八二〇〇万円の融資を受けるという、金融による財産上の利益の供与を受け(第一の事実。商法違反)、単独又は実弟と共謀の上、右証券会社四社から、顧客である被告人に対する損失補てんないし利益追加の趣旨に加えて、被告人の株主の権利の行使に関し、前同様の謝礼の趣旨で、各証券会社の計算において、多数回にわたり、合計六億九三六三万一〇四一円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた(第二ないし第五の各事実。商法違反及び証券取引法違反)という事案である。

二 本件各犯行に至る経緯

1 被告人は、昭和四三年ころから、有力総会屋の下で、企業回りをして賛助金を得るなどの活動を始め、その後、大手証券会社四社の役員らとも親しく、各証券会社のいわゆる与党総会屋としてその株主総会を取り仕切るほどの影響力を持つとされていたJや、第一勧業銀行や右証券会社などの役員らとも懇意で、その経営等にも隠然たる影響力を持つとされていた元総会屋のGの知遇も得て、その後ろ盾の下に、豊富な企業情報を駆使して、大企業の株主総会で役員を追及する発言をするといった活発な活動を展開するなどして、次第に総会屋としてその名を知られるようになった。そして、被告人は、第一勧業銀行や右証券会社四社との関係でも、各社の株式を取得した上、その与党総会屋の一人として、各社の株主総会の議事が円滑に進行するように協力することで、各社から折りに触れて種々の利益供与を受けるようになっていた。その間、被告人は、株主総会に出席した際に粗暴な行為に及んだことで、昭和四八年に傷害罪で罰金刑に、昭和五〇年には威力業務妨害、強要等の罪で懲役一年六月、三年間執行猶予に処せられた。

2 被告人は、昭和五六年の商法改正(昭和五七年一〇月施行)で、株主への利益供与が刑罰をもって禁止された後、しばらくは活動を手控えていたものの、昭和五八年ころから総会屋としての活動を再開し、第一勧業銀行や右証券会社四社の一単位の株式の数以上の数の株式を取得した上、各社の総務担当の幹部社員らを窓口として、各社との関係を深めていった。

3 そして、被告人は、第一勧業銀行との関係では、Gの後ろ盾の下に、同銀行に対し、他の総会屋の動向に関する情報を提供したり、その株主総会の円滑な議事進行に協力するなどして、同銀行の与党総会屋としての地位を固めるとともに、Gの口添えで、同銀行から、右証券会社四社で行う有価証券取引の資金やゴルフ場開発事業に参画するための資金等として多額の融資を受けていたが、有価証券取引の資金規模を更に拡大して儲けようなどという思惑から、平成四年に、Gを通じて同銀行の会長や頭取らに働きかけ、同銀行に三〇億円を極度額とするいわゆる極度貸出を承諾させた上、それ以後、大和信用株式会社等を介するいわゆる迂回融資の形で、同銀行に開設した小甚ビル名義等の口座(被告人の借名口座)に、順次有価証券取引資金等を振り込ませるようになり、本件第一の犯行に至ったものである。

4 また、被告人は、右証券会社四社との関係では、さしあたり与党総会屋として各社の株主総会の議事進行に協力する一方、株主総会前に詳細かつ大部の質問状を送り付けるなどし、各社をして、万一被告人に敵対的な行動に出られた場合には、株主総会の議事が混乱するなど不測の事態が生じかねないとの危惧の念を抱かせていた。そして、被告人は、平成元年に、第一勧業銀行から融資を受けて、新たに右証券会社四社の株式各三〇万株を取得した後は、商法上の株主提案権行使を示唆するなどしながら、各社に小甚ビル名義等の取引口座を開設した上、第一勧業銀行から融資を受けた資金により、有価証券のいわゆる一任取引を行わせて多額の利益を得ていた。ところが、その後株価の暴落などにより、被告人の各取引口座において巨額の株式等の評価損を抱えるに至ったことから、被告人は、右証券会社四社に対し、総会屋であり、かつ、株主提案権を行使し得る立場にあることを背景に、その損失の補てん等を要求して、本件第二ないし第五の各犯行に至ったものである。

三 特に考慮した情状

1(一) 被告人は、総会屋の暗躍が社会的にも強い批判を受け、その根絶が叫ばれているにもかかわらず、あえて総会屋としての活動を続けて、本体各犯行により、株主の権利行使の公正と会社運営の健全性を確保するために株主への利益供与を刑罰をもって禁止した昭和五七年施行の改正商法の趣旨を踏みにじるとともに、本件第二ないし第五の各犯行により、平成三年の一連の証券不祥事を契機に、顧客への損失補てんを刑罰をもって禁止した平成四年施行の改正証券取引法の規定にも違反したもので、このような犯行が、総会屋としての活動の一環として、長期にわたり、職業的、常習的に行われたこと自体、厳しい非難を免れない。しかも、被告人は、本件各犯行に際し、判示各社の与党総会屋として、株主総会の議事進行に協力する姿勢を示す一方で、右証券会社四社については、折りに触れて株主提案権行使の通知や質問状を送り付けて、株主としての商法上の権利行使を示唆するなどし、各社をして、万一被告人に敵対的な行動に出られた場合には、株主総会の議事が混乱するなど不測の事態が生じかねない旨強く危惧させた上、各社が利益供与に応じる意向を示すや、直ちに右質問状等を撤回するというような行動に出ていたほか、後ろ盾と頼むGの各社に対する影響力をも利用して、各社の幹部社員のみならず経営責任者らにまで働きかけるなど、巧みに立ち回りながら、執拗に、本来ならば到底得られるはずもない不法な利益を要求していたもので、その犯行態様は、巧妙、狡猾で、非常に悪辣なものというべきである。また、犯行の動機をみても、利欲的なものであるばかりか、被告人においては、改正商法や改正証券取引法の趣旨など一切意に介さず、総会屋として関わった企業に対して本件のような不法な利益を要求することをむしろ当然のことと考え、企業の弱みに付け込んで種々の働きかけを行っていたもので、全く自己中心的で法無視も甚だしいというほかなく、動機の点で酌量の余地はない。

(二) なお、弁護人は、被告人と判示各社とは、いわば持ちつ持たれつの関係にあり、被告人も、各社に依頼されて、その利益のために種々の活動も行っていたとか、第一勧業銀行からの融資は、Gが主体となって同銀行に働きかけて行われたもので、右証券会社四社の株式各三〇万株の取得や、各社への株主提案権行使の通知や質問状の送付なども、もともとGの発案で行ったものであり、被告人は、いわばGが作り上げたシステムを、同人の死亡後も引き継いだにすぎないなどと主張する。

たしかに、判示各社の側でも、総会屋としての被告人の影響力を利用しようとしたことがあり、また、各社の経営責任者が、総会屋との関係を絶つという毅然たる態度を示さなかったことが、本件各犯行の遠因となっていることは否定できない。しかし、各社とも前記改正商法の施行後は、総会屋と絶縁し、あるいは関係を縮小しようと試みていたこともうかがわれるのであり、結局、株主総会を短時間で平穏裡に終了したいという安易な姿勢が改められなかったため、これに付け込まれて被告人との関わりを深め、被告人からの利益供与の要求を断ることができないような、抜き差しならない状況に追い込まれたという面はあるにせよ、そのような各社の安易な姿勢に巧みに付け込んだ被告人の責任を、ことさら過小に評価するのは相当ではない。また、被告人が各社から利益供与を受けるために種々画策したことにつき、当初の段階で、各社の歴代の経営責任者とも懇意な間柄にあったGが深く関わっていたことは疑いのないところであるが、少なくとも、平成五年に同人が死亡した後は、被告人がそれまでに培った総会屋としての影響力等を駆使するなどして、自ら率先して本件各犯行に及んでいたことは明らかであるから、当初の段階でGの関与があったからといって、本件各犯行についての被告人の責任が、特に軽減される筋合いのものではない。

(三) そして、被告人は、本件で、約六億九〇〇〇万円もの財産上の利益を受けたほか、一一七億円を超える融資を受けるという金融による財産上の利益を受けており、この種事犯としては類のないほど巨額な利益を受けたものである。しかも、被告人は、本件により、判示各社に対し、財産上あるいは経営上莫大な損害ないし損失を与え、ひいては、銀行や証券会社の経営の健全性や、証券市場の公正性に対する信頼をも著しく傷付けたものであり、本件各犯行が、各社のみならず社会に与えた影響は、重大かつ深刻なものである。また、被告人は、証券取引等監視委員会の検査等により本件が発覚するおそれが生じるや、虚偽の書類を作成したり、関係者と口裏を合わせるなどの罪証隠滅工作にまで及んでおり、この点も見過ごすことのできない事情である。

(四) 以上によれば、被告人の刑事責任は重いというべきである。

2 一方、被告人は、公判廷で、第二の三の犯行の犯意につきあいまいな供述をしてはいるものの、その余についてはおおむね罪を認めて、反省の態度を示し、今後は、総会屋としての活動は一切しないと述べていること、被告人が第一勧業銀行から受けた融資については、その後、返済や担保権の実行などにより、相当部分が第一勧業銀行により回収されるか、あるいは回収される見込みであること、被告人が第二ないし第五の各犯行により得た利益の大半は、有価証券取引等によって生じた損失の補てんに充てられていること、被告人には、二〇年以上も前の前科があるだけであること、病身の妻や幼い子供がいることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

四 結論

以上の諸事情を総合勘案すると、本件は刑の執行猶予を相当とする事案ではなく、被告人に対しては、主文のとおりの実刑をもって臨むのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田雄一 裁判官下山芳晴 裁判官丸山哲巳)

別表一〜五<省略>

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